2013/08/03

My Favorite Guitarists - Matt Schofield

 まぁまぁ、黙って聞きな、カッコいいから。

Matt Schofield  (born 21 August 1977, Manchester, England) is an English blues guitarist and singer. His band, The Matt Schofield Trio, play their own material, which is a blend of blues, funk, and jazz, along with covers of blues classics such as Albert Collins' "Lights Are On, But Nobody's Home".

 

Influences

Schofield's guitar playing is often likened to Robben Ford in reference to his melodic and fluid style, and jazzy lines. However, Schofield was also influenced by B.B. King, Freddie King, Albert King, Muddy Waters, Eric Clapton, Albert Collins, Jimi Hendrix, Billy Gibbons, Stevie Ray Vaughan, Jimmie Vaughan, and Tomo Fujita.


Live Wire (Matt Schofield Trio) - TRI Studios - 1/17/2012


MATT SCHOFIELD Stranger Blues

アップロード日: 2011/05/16
Matt Schofield at the Jakarta Blues Festival 2011 plays the Elmore James song, Stranger Blues.

MATT SCHOFIELD Lights Are On.m4v

アップロード日: 2011/05/31
The Albert Collins classic played by Matt at the Jakarta Blues Festival, 2011.




MINOLTA AF ZOOM 24-105mm F3.5-4.5 (D) 遠景解像テスト

比較は以下のレンズによって行った。
AF ZOOM 28-70mm F2.8 G
TAMRON SP AF28-75mmF/2.8 A09
AF ZOOM 24-105mm F3.5-4.5 (D)
条件はいつもの通り。

開放 F2.8 、 24-105 のみF4
24-105 35-105 LONGTEST 001_SLT-A99V_@28.0mm_F2.8_1/2500sec_ISO10024-105 35-105 LONGTEST 029_SLT-A99V_@28.0mm_F2.8_1/3200sec_ISO100
AF ZOOM 28-70mm F2.8 G
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TAMRON SP AF28-75mmF/2.8 A09
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AF ZOOM 24-105mm F3.5-4.5 (D)
以下、同順。


F4
24-105 35-105 LONGTEST 002_SLT-A99V_@28.0mm_F4.0_1/1600sec_ISO10024-105 35-105 LONGTEST 030_SLT-A99V_@28.0mm_F4.0_1/1600sec_ISO100
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24-105 35-105 LONGTEST 127_SLT-A99V_@28.0mm_F4.0_1/2000sec_ISO10024-105 35-105 LONGTEST 168_SLT-A99V_@28.0mm_F4.0_1/2000sec_ISO100


F5.6
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F8.0
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F11
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F16
24-105 35-105 LONGTEST 006_SLT-A99V_@28.0mm_F16.0_1/100sec_ISO10024-105 35-105 LONGTEST 034_SLT-A99V_@28.0mm_F16.0_1/100sec_ISO100
24-105 35-105 LONGTEST 062_SLT-A99V_@28.0mm_F16.0_1/60sec_ISO10024-105 35-105 LONGTEST 093_SLT-A99V_@28.0mm_F16.0_1/60sec_ISO10024-105 35-105 LONGTEST 131_SLT-A99V_@28.0mm_F16.0_1/125sec_ISO10024-105 35-105 LONGTEST 172_SLT-A99V_@28.0mm_F16.0_1/125sec_ISO100

2013/08/02

1940年(昭和15年)6月 日本ニュース第1号

1940年(昭和15年)6月 日本ニュース第1号

莞爾 石原 莞爾 石原·

公開日: 2013/02/28

「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をは­さみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日­本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュー­ス映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ­、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝え­る真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録と­して大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、太平洋戦争を間近に控えた1­940年(昭和15年)の第1号から、1945年(昭和20年)末の第264号までを­公開しているほか、1946年(昭和21年)からの「戦後編」も順次公開していきます­。


Wiki

日本映画社(にっぽんえいがしゃ)とは、現在の株式会社日本映画新社の前身で、昭和前期に存在した映画会社である。略称、日映。ロゴは略称をもとにした「日央日」(左右対称で、右横書きで日映と読める)。

第二次世界大戦中は日本国政府の意向を受けたニュース映画、国策宣伝映画を量産した。終戦後、改組され、ニュース映画のほかに、記録映画、教育、科学映画を多数製作した。

沿革

  • 1939年 - 映画法が制定され、映画館で映画の上映前後には必ずニュース映画を上映することが義務付けられる。
  • 1940年4月 - 政府の統制を容易にするため、朝日新聞社、大阪毎日新聞社(東京日日新聞・大阪毎日新聞)、読売新聞社の大手新聞3社と同盟通信社のニュース映画部門が統合され、社団法人日本ニュース映画社となる。一時は1,000人を超すスタッフを有する一大報道機関となる[出典 1]。
    • 同年6月「日本ニュース」第1号封切られる。記念すべきトップ項目は「昭和天皇関西御巡幸」であった。
    • 皇室関連のニュースは必ずトップ扱いであった。また敬意を表す意味で当該ニュースの冒頭、右上(縦書きの場合。作品によっては画面いっぱい)に「脱帽」の字幕が出た。
    • 当時の製作データ
  • 1941年 - 東宝、松竹の文化映画部門と各文化映画製作会社を吸収し、社団法人日本映画社へ改組。週1本のニュース映画と多数のプロパガンダ映画を製作する。
    • 皇室・国軍・一部国外ニュースについては各官庁、特に軍部の厳格・厳重なる検閲が実施された。検閲をクリアした項目については「XXX(検閲した機関の名前、海軍省や要塞司令部がほとんどであった)検閲済」の字幕を入れていた[出典 1]。
    • また軍事機密保持の観点から、「〇〇部隊」「〇〇基地」といった伏せた表現も用いられた。
  • 1945年 - 原爆投下後の広島と原爆投下後の長崎を撮影("The General Effects of the Atomic Bombs on Hiroshima and Nagasaki")。終戦により、映画法廃止。戦没した従軍カメラマンは45人に及んだ[出典 1]。

Lisa Ono 2007 SUNSET BOSSA-Tribute to Antonio Carlos Jobim/小野リサ

旧ブログからの転載です。

Lisa Ono 2007 SUNSET BOSSA-Tribute to Antonio Carlos Jobim/小野リサ
¥5,800 Amazon.co.jp
曲目リスト
01. Samba de Uma Nota Só ワン・ノート・サンバ
02. Só Danço Samba ソ・ダンソ・サンバ
03. Ela É Carioca 彼女はカリオカ
04. Insensatez ハウ・インセンシティヴ
05. A Correnteza コヘンテーザ
06. Olha Pro Céu ルック・トゥ・ザ・スカイ
07. Brigas Nunca Mais ブリガス・ヌンカ・マイス
08. Estrada Branca 白い道
09. Luiza ルイーザ
10. Bonita Demais ボニータ・ヂマイス
11. Two Kites トゥー・カイツ
12. Mantiqueira Range マンチケイラ・ハンジ
13. Samba do Soho ソーホーのサンバ
14. Canta, Canta Mais カンタ・カンタ・マイス
15. Pela Luz dos Olhos Teus あなたの瞳の輝き
16. Você Vai Ver ヴォセ・ヴァイ・ヴェール
17. Anos Dourados 黄金の歳月
18. Eu Te Amo エウ・チ・アモ
19. O Bôto ボト
20. Querida ケリーダ
21. Corcovado コルコヴァード
22. A Felicidade フェリシダーヂ
23. Garota de Ipanema イパネマの娘
24. Chega de Saudade 想いあふれて
25. Água de Beber おいしい水
26. Samba do Avião ジェット機のサンバ
27. Águas de Março 三月の雨
アントニオ・カルロス・ジョビン
アントニオ・カルロス・ジョビン (葡: Antônio Carlos Jobim、1927年1月25日 - 1994年12月8日)は、ブラジルの作曲家、編曲家、ミュージシャン。本名はアントニオ・カルロス・ブラジレイロ・デ・アルメイダ・ジョビン(Antônio Carlos Brasileiro de Almeida Jobim) 。略してトム・ジョビン (Tom Jobim) とも呼ばれる。
20世紀のブラジル音楽を代表する作曲家である。1950年代後半、ジョアン・ジルベルト、ヴィニシウス・ヂ・モライスなどとともに、ボサノヴァという音楽ジャンルを創生したと言われている。多くのボサノヴァ・アーティストがジョビンの作品を演奏し、音楽的ジャンルを超えて広く影響を及ぼした。
ジョビンの音楽的ルーツは、1930年代から活動していた、ブラジル近代音楽の父とも言うべきピシンギーニャ(Pixinguinha)やブラジル屈指の作曲家、エイトル・ヴィラ=ロボス(Heitor Villa Lobos)(共にショーロの音楽家)の影響を強く受けている。彼にはまたフランスの作曲家クロード・ドビュッシーなどクラシックの音楽家からの影響も大きいと言える。
息子にギタリストのパウロ・ジョビン、孫にピアニストのダニエル・ジョビンがいる。彼らは現在でも「ジョビン・ファミリー」として演奏活動を続けており、来日回数も多い。


小野リサ-Ela é Carioca(DVD Rip)

Peeping Life 手塚プロ・タツノコプロ ワンダーランド DVD予告編

 久しぶりにはまりました。(^○^)

Peeping Life 手塚プロ・タツノコプロ ワンダーランド DVD予告編

公開日: 2013/05/29
「Peeping Life 手塚プロ・タツノコプロ ワンダーランド」DVD
2013年6月25日(火)発売!
アニメ2大プロダクションと夢のコラボレーションが実現!!
誰もが知っているあの手塚プロ・タツノコプロの名作アニメが「Peeping Life」になりました。
「鉄腕アトム」が髪を染めたら...「ハクション大魔王」が痩せたら...「キャシャ­ーン」になってみたら...「サファイア」が声変りしたら...「トリトン」が太って­いたら...「ブラック・ジャック」「三つ目がとおる」「ヤッターマン」「マッハGo­GoGo」「マグマ大使」など、最高のムダ使いコラボが実現!
またYouTube「Anime Bancho」にて、6月7日(金)よりDVD未収録エピソード配信!DVDと合わせ­て、是非ご覧ください!
Anime Bancho公式サイト http://www.youtube.com/AnimeBancho
Peeping Life公式サイト http://www.cwfilms.jp/peeping/
手塚プロ公式サイト http://tezukaosamu.net/
タツノコプロダクション公式サイト http://www.tatsunoko.co.jp/
"Peeping Life—Tezuka and Tatsunoko Production Wonderland" DVD Trailer
Out in stores on June 25th, 2013. "Tezuka and Tatsunoko Production Wonderland"
A dreamlike collaboration with one of the biggest Anime production companies has been realized!!
Famous characters from the animations of Tezuka Production transformed into Peeping Life characters.
"Astro Boy" with dyed hair, skinny Genie from "The Genie Family," Princess Sapphire from "Princess Knight" experiencing voice changes, fat Triton from "Triton of the Sea," "Black Jack," "The Three-eyed One," "Yatterman," "Casshern," as well as "Mach GO GO GO," and "Ambassador Magma"... Collaboration with these classic characters is finally realized!
AnimeBancho is updating episodes that are not included in the DVD. Don't forget to watch these along with the DVD episodes!

【緊急】北茨城市で7マイクロシーベルト...発表は選挙の翌日!福島原発より恐ろしい!!即刻逃げるべき!!(平成25年7月26日) 武田邦彦

【緊急】北茨城市で7マイクロシーベルト・・・どうするべきかも判らない!!

「tdyno.301-(4:42).mp3」をダウンロード

北茨城市の工業団地で7月12日毎時7マイクロシーベルト(年間61ミリシーベルト相当)の放射線量が観測されていたことが7月25日に原子力規制庁から発表された。規制庁に報告したのは原子力機構、測定は北茨城市。

規制庁の説明では「周辺の工場で放射線を使った非破壊検査が行われていて、その放射線」ということだ。とんでもない事が起こった。

1)1年61ミリシーベルトという高い放射線が観測されたら、即刻発表しなければ逃げるに逃げられない。それを14日後に発表した。
2)非破壊検査の線源はコバルト60を使っているが、直ちに使用を止めないといけない。その後、線源がどうなっているか発表されていない。
3)どこでどのような線源を誰が使っているか国は把握しているのに発表しない。

もう、原子力を止めた方がよい。原発以外でも完全に犯罪となるこのような高い線量を放置するということになると、いつどこで高い線量が漏れて被曝しているかわからない。

1)放射性ヨウ素が継続的に漏れている、
2)福島原発から継続的に放射性物質が漏れているがベクレルが公表されない、2号機、3号機の異常がなかなか明らかではない、
3)海に放射性物質が流れていたのに選挙が終わるまで発表されない。自民党の圧力だろう、

これまで原子力に携わってきた人、今でも推進派の人、原子力に携わる人はこのような杜撰で基準のない原子力にはほとんどの人が反対のはずだ。声を上げて欲しい。

今の所、北茨城市が最も危険で、至急、市に説明を求め、逃げるべき所は逃げる必要がある。

(平成25年7月26日)

武田邦彦

カート・ボネガットJr. とリチャード・ブローティガン

なんでこんな作家の本が次から次へと翻訳されるのかと不思議に思えるようなことがたまにある。
KVJとRBがそうだ。
玉石混交、著作のほとんどは翻訳されている。
KVJの本
 RBの本
いったい誰が読んだ?
 学生の頃でさえ、ぼくの身近には若干一名いただけだ。まぁ、曲がりなりにも法学部だったので、こう言うちゃらちゃらした本は読まないというのがポーズだった・・・などとは到底思えない。
 ぼくが学生の頃村上春樹が、風、ピンボールで各種賞取りをしたので読んでみたけど最初はピンとこなかった。でも、何か引っかかって読み返しているうちにKVJとRBの使い方が腑に落ちた。
 そっか・・・いい感じやって思った。
 同じような事を感じたのが、池澤夏樹の登場したときだった。「夏の朝の成層圏」と「スティル・ライフ」は強烈だった。ひょっとしたら村上の三部作より読み返した回数は多いのではないかと思う。文体は似ているようで似ていない。世界観は全く違う。でも、基底部で共鳴しているのを感じるのだ。
 村上に関してはワンダーランドでもういいと思った。充分だと思った。どう言ったらいいのかわかんないけど、大江健三郎を読み上がって「フットボール」で、イーグルスも「呪われた夜」で、ザ・バンドも「南十字星」で、もうこれ以上飲むと明日が堪える、もういいお腹いっぱいだと思ったのとよく似ている。
 その後は、村上の本も出ればとりあえずは買うけど、そのまま本棚行きということが続いている。池澤の本もそうだ。丸山健二もそうなって久しい。いまや文芸書で読み通すというと宮本輝と連城三紀彦くらいのものだ。
 RBの本も藤本訳なら必ず買った。ペイパーバック原書も買って読んでみたけど、藤本訳の方がうんと心地良い。
 そんなRBの本は、少し前に新潮から文庫になった。。また驚きだ。読むやついるのか・・・どうも信じられない。
 ただひとつ言えることは、RBを訳し続けた藤本和子女史の文体形成上の創造力は後世に大いなる種をまいたということだ。
 まぁ、そのことはまた書くだろうと思う。とりあえず宿題としてメモしておく。
 もう、純文学と言われるものが時代を引っ張るというような事は二度とないのだろうなぁと思う。
 一抹の寂しさはあるけれど、それはある意味では正しい事ではある。