2013/07/19

宮崎 哲弥&橋爪 大三郎 - 在野の天才 小室直樹とは?

 

 ぼくは、彼の論理を100%支持する弟子ではないが、でも、彼の本質的な部分をぎゅっと鷲掴みにして目の前に示してくれる力技を見せつけられると並の人ではないと思わざるを得ない。そう思っている。

小室直樹小室直樹

Wikipedia小室直樹

生涯

1932年東京都世田谷区生まれ。1937年、5歳の時に同盟通信の記者であった父が死去し、母の故郷である福島県会津若松市に転居する[3]。典型的な軍国少年で、日本の敗戦の知らせを聞いたときの悔しさが学問を志す原体験と自身が述べている[4]。母子家庭ということで幼少時の生活はかなり苦しかった[5]

理学部から経済学へ

福島県立会津高等学校入学。高校時代は秀才の誉れ高く、数学、物理などの学力は高校教師を凌ぐほどであり[6]、後に政治家となる渡部恒三弁護士渡部喬一第二東京弁護士会所属)と知り合う。会津高校時代は昼食の弁当を用意できず、昼休みになるといつも教室から姿を消していた[5]。ある時それを知った渡部恒三が、自分の下宿に頼んで弁当を2個用意してもらうように手配し、以後昼食にありつけるようになった[5]

会津高校在学中に湯川秀樹博士のノーベル賞受賞を聞くと、日本アメリカ合衆国を打ち倒し、世界から尊敬を受けることができるようになる国になるための研究ができると思い、京大理学部を志望[4]1951年福島県立会津高等学校卒業し、京都大学理学部数学科に入学した。京大受験の際も渡部恒三の父の友人から京都までの往復の旅費を援助してもらったが、京都滞在中の費用がかさみ帰途の交通費が無くなってしまう(渡部恒三曰く「合格して嬉しくなり、有り金を全部飲んでしまったんだろう」とのこと)。支援者の手前追加の金を無心するわけにも行かず、小室はやむなく京都から福島まで徒歩で帰ってきたという[5]

京大では位相幾何学を専攻する[7]。ところが、小室が京大に入学したころは既に湯川が研究の第一線を退いていた[4]。小室は、失意の日々を送るが[4]ジョン・ヒックスの『価値と資本』の解説を書いていた市村真一論文を読んで、理論物理学のようなエレガントさに魅了されて、理論経済学に興味を持つにいたる[4]

1955年、京大を卒業し、大阪大学大学院経済学研究科に進学。当時高田保馬森嶋通夫安井琢磨二階堂副包ら日本のトップレベルの経済学者大阪大学社会経済研究所に集め、阪大ゴールデン時代とまで呼ばれており、小室によれば「正当な学問」を身につけた[8]市村真一を指導教官とし、市村の家に泊まり指導を受け、高田保馬森嶋通夫安井琢磨二階堂副包らの下で 理論経済学の研究を始める。小室は、レオン・ワルラス一般均衡理論によって初めて経済学が単なる思想ではなく、科学として成立したとした上で、この「正当な学問」としての経済学を日本に正しく紹介したのは高田保馬であるとする。高田の「私が一生かかっても十分に理解できない学者が二人いる。ケインズとヴェーバーだ」との言を聞いた小室は、いつか両学者の研究をすることを決意する[9]

1958年、阪大大学院博士課程に進学し、森嶋から、小室ともう一人の特別優秀な院生だけが選ばれ、域的安定性の収束過程について特別の指導を受けるなどした[10]

アメリカ留学

1959年、阪大大学院を中退したが、市村の推薦で、第2回フルブライト留学生として経済学の本場アメリカミシガン大学大学院に留学。ダニエル・スーツから計量経済学を1年の間学び、更に奨学金を得て研究を続けた。1960年マサチューセッツ工科大学大学院で、ポール・サミュエルソンロバート・ソローハーバード大学大学院ではケネス・アローチャリング・クープマンスら名だたる人物から経済学を1年の間学ぶ。しかし、研究を進めるに連れて、ヒックス、サミュエルソン、アローなどにより理論経済学の研究は完成されてしまったと考え、社会学政治学の理論化を研究しようと決意する。そのためには、当時実証科学の条件を満たしていた心理学を学ぶことが社会学政治学の理論化に有益であると考え、翌1961年、再びハーバード大でバラス・スキナー博士から心理学(行動主義心理学タルコット・パーソンズ博士から社会学ジョージ・ホーマンズ教授から社会心理学など学問の分野を超えて最先端の社会科学を1年間学んだ。

フルブライト留学生の限度が3年だったため、1962年、帰国。しかし、経済学から転向することを告げると市村から破門された[11]

1963年東京大学大学院法学政治学研究科に進学。丸山眞男が指導教官となり政治学を学ぶが、小室が心理学ばかり勉強しているので、丸山の弟子の京極純一に預けられた。その他にも、東大のゼミナールを渡り歩き、中根千枝から社会人類学を、篠原一から計量政治学を、川島武宜から法社会学をそれぞれ学ぶ。

1965年には、高田保馬の『社会学概論』(岩波書店)の解説を書いた富永健一から社会学を学ぶ。富永の紹介で社会学の雑誌に立て続けに一連の論文を発表し、論文「構造機能分析と均衡分析」では行動主義心理学を社会学に応用したパーソンズの構造機能分析を日本で他に先駆けて発表した。

自主ゼミ

1967年から、ボランティアで所属・年齢・専攻を問わない自主ゼミ(小室ゼミ)を開講し、経済学を筆頭に、法社会学、比較宗教学、線型代数学統計学抽象代数学解析学などを幅広く無償で教授していた。小室ゼミ出身者には橋爪大三郎宮台真司副島隆彦盛山和夫志田基与師今田高俊山田昌弘大澤真幸らがいる[12][13]

1970年大塚久雄の近所に引越し、直接マックス・ヴェーバーについて学びながら、宗教についての研究を始める。後掲「社会科学における行動理論の展開」で城戸賞受賞。1972年、東京大学から「衆議院選挙区の特性分析」で法学博士学位を取得し、東京大学非常勤講師に就任。

 

師匠も師匠なら私淑した弟子も弟子という感じの押しの強い面子が揃ってるね。(^_^;)

ぼくのお友達にはなりたくないタイプの人たちだ。(>_<)

宮崎 哲弥&橋爪 大三郎 - 在野の天才 小室直樹とは?

japan4060

公開日: 2013/03/16

宮崎哲弥のトーキング・ヘッズ(放映時期は忘れました。)

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