2016/06/18

ブルースの歴史20 シカゴブルース9 ジョン・リー・フッカー John Lee Hooker

800px-JohnLeeHooker1997ジョン・リー・フッカー (John Lee Hooker, 1917年8月22日 - 2001年6月21日)は、米国ブルースシンガーギタリスト。50年以上に渡るキャリアの中で、独特のリズム感覚を持ったブギ・スタイルを確立し、「キング・オブ・ブギ」の名でも親しまれた。1984年には来日公演も行っている。代表曲は"Boom Boom"、"Boogie Chillen"など。
2011年、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において第35位。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第81位[1]
来歴
ミシシッピ州クラークスデイル生まれ。生まれた年については、1915年1920年など諸説あるものの、1917年説が最も一般的である。1943年デトロイトに移住。1948年にレコード・ディーラのバーニー・ベスマンの誘いを受け、初レコーディングを経験する。翌年1月、モダンより発表となった

"Boogie Chillen"がR&Bチャートを昇りつめる大ヒットとなった。このヒットにより、他のレーベルからも誘いを受けるものの、モダンとの契約で縛られていたジョン・リーは、様々な変名を使い、複数のレーベルに作品をレコーディングしていった。
1955年、モダンとの契約が終了しヴィージェイ・レーベルと契約する。同レーベルには1965年まで在籍し、計8枚のアルバムを発表した。それまでの弾き語りスタイルから、R&B色の濃いバンドスタイルへと発展し、

"Dimples"や

"Boom Boom"といった代表曲を生み出す。1962年には、初のヨーロッパ・ツアーを行う。現地ではブルース・ブームが起こっていた頃で、彼は熱烈な歓迎を受けたという。
1965年ABCレコードへ移籍する。同レーベル並びに傘下のブルースウェイ、インパルス!レコードなどからも作品をリリースしていった。
1970年代に入ると、デトロイトを離れ、カリフォルニア州に移住する。この頃から、ロック・ミュージシャンとの共演を活発化させている。キャンド・ヒートと共演した

『Hooker 'N Heat』 (1970年) を始め、

『Endless Boogie』 (1971年) では スティーヴ・ミラージェシー・エド・デイヴィスらと共演、翌1972年にはヴァン・モリソンとの共演盤

『Never Get Out Of These Blues Alive』を発表している。
1970年代半ば頃までABCに在籍するが、その後は暫く新作からは遠ざかっている。1980年の映画『ブルース・ブラザーズ』に出演し、シカゴのマックスウェル・ストリートのストリート・ミュージシャンを演じた。1984年7月には、ブラック・ミュージック・リヴュー招聘で、ロバート・クレイとともに来日を果たし、全国6都市で公演を行う。晩年ツアーを嫌ったジョン・リーにとって、結局これが唯一の来日公演となった。
新作から遠ざかっていたジョン・リーだったが、1989年カルロス・サンタナボニー・レイットロス・ロボスら豪華ゲストを迎えたアルバム

『The Healer』で華々しくカムバックを果たす。このアルバムに収録された

「I'm In The Mood」は、グラミー賞最優秀トラディショナル・ブルース・レコーディング賞を獲得し[2]、再び存在感をみせつけることになった。
1991年ロックの殿堂入りを果たす[3]。同年リリースされた『Mr. Lucky』にもライ・クーダージョニー・ウィンターキース・リチャーズらが参加。旧知のヴァン・モリソンとの共演も実現している。モリソンは『Chill Out』 (1995年)、『Don't Look Back』 (1997年) にも参加している他、モリソンのアルバム『Too Long In Exile』(1993年) へのジョン・リーのゲスト参加もあった。
2001年6月21日、ジョン・リーはカリフォルニア州サンフランシスコ近郊ロス・アルトスの自宅で、就寝中に老衰のため死去した。
カムバック後は、幅広いアーティスト達との共演を重ねた。デニス・ホッパー監督の映画『ホット・スポット』のサウンドトラックでのマイルス・デイヴィスとの共演、ピート・タウンゼントの『Iron Man』 (1989年)、ビッグ・ヘッド・トッド& ザ・モンスターズの『Beautiful World』 (1997年)などへの参加がある。トミー・カストロの2001年のアルバム『Guilty Of Love』への参加は、ジョン・リーの最も晩年のゲスト参加のひとつである。
自己名義の作品としては、前述の『Don't Look Back』がラストとなったが、その翌年1998年リリースのベスト盤『The Best Of Friends』にも新録が3曲収録されている。また、没後の2003年発表の『Face To Face』は、未発表音源にゲスト・ミュージシャンのオーバーダブを施した作品であり、事実上のラスト・アルバムとも言える内容である。

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