2015/09/11

わかものに捧げる ソウル 入門 02 アメリカの戦後

 まずは、ソウルミュージック誕生の時期と重なるアメリカの戦後史の流れを確認しておこう。この項は、思いつき、 殴り書きなので、たびたび改稿の予定だ。詳細はたぶん記事の中に書き込めると思うのだが自信はない。


 アメリカの戦後を乱暴にまとめてしまうとこういうことになる。

 外交分野ではこういうことだ。

 戦後の世界は、アメリカを中心とした資本主義国家の集団とソビエトを中心とした共産主義国家の集団に二分される。

 資本主義陣営は、西ヨーロッパの諸国連合とアジアのアメリカ支配地域と、ソビエトが独ソ戦で通り抜けた東ヨーロッパ地域、そして、各地の資本主義諸国の植民地支配下にあった発展途上国に二分されることになる。

 この2陣営が真っ向からぶつかり合ったのが終戦直後の1950年に勃発した朝鮮戦争となる。戦いは拮抗し、現在も北朝鮮、韓国に二分されたままである。

 以降、国連の常任理事国が両陣営に別れ、実際に銃弾をかわし真っ向からぶつかることはなく、各地の植民地独立運動を共産主義諸国が支援し、資本主義諸国の植民地支配は徐々に解消されていくことになる。ただ、米帝、ソ帝の支配という別の形態をとるということになった。以降、ソビエトが国家経営に行き詰まり弱体化するまでこの2陣営に分断された時代を冷戦期(Cold war)といい、現在の目から見ると2陣営が激しく対立はしているがその力のバランスがとれていたので、それぞれ米帝、ソ帝の支配の元ではあるが非常に安定的な国家経営が出来た時代だった。

 それぞれの陣営は、経済的に発展し、特に資本主義諸国の発展は高度成長時代に入り、豊かさが国土の隅々まで行き渡るようになった。共産圏は、各共産党指導の下、独裁的な政治運営のため、資本主義ほどの経済発展を得ることは出来なかったが、まぁ、それなりの運営をしなんとか軍事力を維持していた。

 資本主義諸国では、経済発展に伴い余裕の出てきた民衆の力により、国内での政治問題が噴出するようになる。特に、アメリカでは人種問題、特に黒人の地位向上の問題が大きな問題となり、次いで、女性の権利の問題が厳しく追求されるようになる。

 そのさなかに、発生するのがキューバ危機とベトナム戦争だ。キューバ危機は、革命政権により独立したキューバに核ミサイルを配備しようと試みたソ帝、キューバをアメリカが実力でもって封鎖し、米帝、ソ帝が真っ向から戦闘状態に入る、まさに一歩手前までいってしまった。危機一髪の出来ことだった。ケネディ v.s. フルシチョフ のガチの戦いだった。

【1962年10月22日】 キューバ危機 米ソが核戦争直前に


 それでは、次に米帝の国内問題に目を向けてみよう。

 同じく、ケネディ政権下で米帝はベトナムの独立運動を阻止すべく介入することになる。ケネディ暗殺の後もジョンソンに受け継がれ、ニクソンは解消しようとするも初期においてはその戦争遂行を継承していた。この何のために行われているかよくわからない戦争に若者たちが異議を申し立てたのだ。

 翻ってみると第二次世界大戦では、米帝は欧州戦線、太平洋戦線に1660万人に及ぶ人員を投入し、41万人を超える戦死者を出したが、民主主義の大義名分の元その戦争の意味を問い返されることはなかった。

 しかるにベトナム戦争においては、たかが250万人の派兵と死者不明者併せて約6万が大問題になったのだ。要するに経済発展と民衆が情報を得ることが出来るようになって人間の価値が上がったと考えてもよい。

 アメリカは、国内的に人種差別問題、反戦運動、戦争による国力低下、新興資本主義国の経済・技術の発展による米帝の経済支配力の低下など一挙に難問が積み上げられることになってしまった。

 次回からは、少し音楽から離れて歴史の話に入る。もちろん動画なので苦もなく学習できるはずだ。

1945-4-12ルーズベルト(1882~)没、トルーマン、アメリカ第33代大統領に就任(~1953)

1945-4-25国際連合設立会議

1945-12-7ブレトン・ウッズ協定発効。国際復興開発銀行設立

1947-3-12トルーマン・ドクトリン

1947-10ハリウッドの赤狩り

1948-1全米大陸労働者総同盟結成

1948-4-3マーシャル・プランによる対外援助法

1950-2-20アメリカでマッカーシー旋風

1950-6-27朝鮮戦争派兵命令

1950-7-7アメリカで初のカラーTV放送

1951-1-27アメリカとNATO(北大西洋条約機構)加盟国、相互安全保障(MSA)協定

1951-9-1太平洋安全保障条約調印

1952-11-1アメリカ、水素爆弾実験

1952-11-4アイゼンハワー、アメリカ第34代大統領に当選(在任1953~1961)

1953-3アメリカで再びマッカーシー旋風

1953 この年、アメリカ、全国黒人向上協会「自由のための10年闘争」を計画

1954-5-17アメリカ最高裁、公立学校の人種差別に違憲判決(人種問題)

1954-7-21アメリカ、ジュネーブ協定調印拒否

1954-8-24アメリカ共産党非合法化

1955-1-1アメリカ、南ベトナム援助開始

1955-12-6アラバマ州モントゴメリーでキング牧師の指導下、バス・ボイコット運動始まる

1956-3-12アメリカ南部議員100名、人種統合反対宣言

1957-10スプートニク・ショック

1957-12-17アメリカの大陸間弾道弾(ICBM)実験成功(ミサイル)

1958-1-31アメリカの人工衛星エクスプローラ1号打上げ

1959-1-1キューバ革命。バチスタ亡命

1959-2-16カストロ首相就任

1960-11-8ケネディ、アメリカ第35代大統領に当選(在任1961~1963)

1961-1-17アイゼンハワー告別演説で軍産複合体に警告

1961-5-1キューバ社会主義共和国宣言

1961-5-21アラバマ州で人種差別反対運動、暴動化、戒厳令施行(人種問題)

1962-2-8アメリカ、南ベトナムに軍事援助司令部設置

1962-10-22~28キューバ危機(アメリカ、海上封鎖、11-20解除)

1963-4-2アメリカで人種差別反対黒人デモ始まる

1963-8-28人種差別反対ワシントン大行進

1963-11-22ケネディ暗殺、ジョンソンアメリカ第36代大統領に就任(~1969)

1964-7-2アメリカで新公民権法成立

1965-2-21アメリカの黒人運動指導者マルコム・エックス暗殺される

1965-3アメリカでベトナム反戦運動激化

1965-4-17ワシントンでベトナム停戦要求デモ

1965-8-6~10ワシントンでベトナム反戦平和行進

1966-3アメリカ各地でベトナム反戦デモ

1967-7-12黒人暴動、のちアメリカ各地に拡大(~8)

1967-10-16~23ベトナム反戦週間(~21 ワシントン反戦集会)

1967-12-6~8アメリカで反戦兵役拒否デモ

1968-3-16南ベトナムのソンミ村でアメリカ軍が一般住民を大量虐殺(ソンミ事件)

1968-4アメリカで学生運動激化

1968-4-4キング牧師暗殺さる。黒人暴動続発

1968-6-5アメリカ民主党の大統領候補ロバート・ケネディが狙撃され、翌日死亡

1968-6-19「貧者の行進」10万人集会(ワシントン)

1968-10-11ジョンソン、北爆全面停止と和平会談への参加を声明

1969-1-20ニクソン、アメリカ第37代大統領に就任(~1974)

1969-6-8ニクソン、南ベトナムからの米軍撤収計画を発表

1969-7-20アメリカの宇宙船アポロ11号、月面着陸

1969-8-15アメリカ、ニューヨーク州ウッドストックでロック・フェスティバル、聴衆40万人

1969-10-15アメリカで反ベトナム戦争大デモと集会

1969-11-13~15反ベトナム戦争デモ

1970-2-18ニクソン平和三原則を発表

1970-4-27ニューヨーク株式市場大暴落

1971-4-23ワシントンでベトナム反戦デモ

1971-8-15 ドル・ショック ドル紙幣と金との兌換一時停止

1972-2-7ニクソン訪中

1972-7-19アメリカ連邦準備制度理事会ドル買支え

1973-1-27アメリカ、徴兵制廃止

1973-3-29アメリカ軍、南ベトナムより撤退

1973-4ウォーターゲート事件。5-17 上院公聴会(~1974)

1973-8-22アメリカ国務長官にキッシンジャー就任

1974-6-27ニクソン訪ソ

1974-8-8ニクソン大統領辞任。8-9 フォード大統領就任

1975-2-21ウォーターゲート事件判決、ミッチェル元司法長官ら有罪

1975-10-29全米でウーマン・リブによる初の女性ゼネスト

1976-2-4アメリカ上院外交委員会多国籍企業小委員会公聴会でロッキード社の賄賂工作暴露

1976-5-28米ソ、平和目的の地下核実験制限条約調印

1976-7-4アメリカ、独立宣言200周年記念祭

1976-11-3アメリカ大統領選挙、民主党のカーターが共和党のフォードを破り当選(1977.1-20 大統領に就任)

1977-2-9アメリカの連続テレビ映画「ルーツ」(アレックス・ヘイリー原作)、平均視聴率35%を記録、テレビ史上最高

1977-5-3アメリカ・ベトナム国交正常化交渉、パリで始まる

1978-1-4アメリカのカーター大統領、エジプトのサダト大統領とアスワンで会談、中東和平三原則発表

1978-9-5アメリカ、キャンプ・デービッドでアメリカ大統領カーター、エジプト大統領サダト、イスラエル首相ベギンが中東和平3国首脳会談(~17 サダト、ベギン両首脳、3か月以内の単独平和条約締結のキャンプ・デービッド合意)

1979-1-1アメリカと中国が国交回復。アメリカは台湾と断交

1979-1-30アメリカ、78年度貿易収支が283億6000万ドルの史上最大の赤字を記録。うち116億ドルが対日赤字

1979-3-28アメリカ、ペンシルベニア州スリー・マイル島原子力発電所で大量の放射能漏れ事故発生

1979-6-16米ソ首脳会談(ウィーン)で、SALT条約(戦略兵器制限交渉)など4文書に調印

1979-11-4イランのテヘランでイスラム系学生らによる米大使館占拠事件発生

1980-1-4カーター、ソ連のアフガニスタン介入に対する報復措置を発表(~20 モスクワ五輪ボイコット・開催地変更を提唱)

1980-11-4アメリカ大統領選挙で共和党のレーガンが圧勝(8.11-20 大統領に就任)

1980-12-8ジョン・レノン、ニューヨークで射殺される

1981-2-18レーガン、国防費を増大し他の支出を削減する経済再建計画(レーガノミクス)発表

1982-3-15ニカラグアで、反革命政権の右翼ゲリラ、コントラよる爆発事件発生

1982-6-12ニューヨークで100万人の国際反核デモ

1985-3-26アメリカ連邦最高裁、同性愛者の権利を認める判決を下す

1985-9-9アメリカが南アフリカのアパルトヘイトに経済制裁発表

1985-9-22ニューヨークで日本・アメリカ・イギリス・フランス・西ドイツの先進5か国財務相・中央銀行総裁会議(G5)開催、ドル高是正の経済政策協調推進で一致(プラザ合意)

1987-10-19ニューヨーク株式市場、508ドルの大暴落、史上最大(ブラック・マンデー)。世界の株式市場に波及

1988-11-8アメリカ大統領選挙、共和党のブッシュが当選(1989.1-20 大統領就任)

1989-8-10パウエル、黒人として初のアメリカ統合参謀本部議長就任(~93年)

1989-9-27ソニー(株)がアメリカの映画会社コロンビアを買収

1989-11-7ニューヨーク市で初の黒人市長


 ビリー・ホリデイはこの一曲を歌うために生を受けたのではないか?と思われるほどの鬼気迫る名曲中の世紀の名曲だ。

Billie Holiday - Strange Fruit

奇妙な果実(きみょうなかじつ、原題:Strange Fruit)は、ビリー・ホリデイのレパートリーとして有名な、アメリカ人種差別を告発する歌である。この曲が書かれたころ、まだアメリカ南部では黒人を縛り首にして木に吊るすリンチがしばしば発生した。(※2014年現在でも、黒人が木に吊るされる事件はしばしば発生しており、2013年にもニュースで扱われている。この曲が書かれた頃は、今のように犯罪の被害者としてニュースで扱ってもらえるような人権が、黒人にはなかった。)「奇妙な果実」とは、木にぶら下がる黒人の死体のことである。ビリー・ホリデイは自伝の中で自分も作曲に関わったと主張しているが、実際には作詞者であるルイス・アレンが作曲も1人で行なったことが明らかになっている。

歌詞

 Southern trees bear strange fruit (南部の木には奇妙な果実がなる)

 Blood on the leaves and blood at the root (葉には血が、根にも血を滴たらせ)

 Black bodies swinging in the southern breeze (南部の風に揺らいでいる黒い死体)

 Strange fruit hanging from the poplar trees. (ポプラの木に吊るされている奇妙な果実)

 Pastoral scene of the gallant south (美しい南部の田園に)

 The bulging eyes and the twisted mouth (飛び出した眼、苦痛に歪む口)

 Scent of magnolias sweet and fresh (マグノリアの甘く新鮮な香り)

 Then the sudden smell of burning flesh. (そして不意に 陽に灼ける肉の臭い)

 Here is a fruit for the crows to pluck (カラスに突つかれ)

 For the rain to gather for the wind to suck (雨に打たれ 風に弄ばれ)

 For the sun to rot for the trees to drop (太陽に腐り 落ちていく果実)

 Here is a strange and bitter crop. (奇妙で悲惨な果実)

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